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台南市長「台湾と日本の友情は壊れない。多くの人に八田與一技師の貢献を理解してもらい、日台の協力体制を更に堅固なものにすると確信している」 八田氏の慰霊祭予定通り実施へ!!

台南市烏山頭ダムに設置されている日本人土木技師、八田与一氏の銅像が破壊された事件で、中国大陸との統一を支持する団体のメンバーで元台北市議の男らが17日、出頭し犯行を認めたことを受け、頼清徳台南市長は同日夜、「親中仇日的な行為によって台日間の友情が壊されることはない」とし、5月8日の慰霊祭を予定通り実施すると発表した。

頼市長は、毎年八田氏の命日に行われる慰霊祭には台日双方の関係者が列席し、絆は深いものだと指摘。今回の感情的な事件によって、かえってより多くの人に同氏の貢献が知られることになり、両国の協力関係もより強固なものとなるだろうとの考えを示した。

水不足の今こそ、日本統治時代にダム建設に尽力した八田氏に感謝の念をより一層覚える、と同氏の功績をたたえた頼市長。銅像の修復も慰霊祭に間に合わせられるだろうとしている。


管理人です。皆様、色々とお疲れ様です。

台南地震の時にも大活躍されてた台南市長の頼清徳さんは親日の方としても有名ですね。
今回の件について、フェイスブックでコメントを発表。今回の事件の解決に向けて迅速に対応をしていただけるという事と、5月8日の八田與一墓前祭まで、八田與一像の修復を完了させる事を約束してくれました。感謝です。

さて、5月8日は八田與一の慰霊祭。
毎年、多くの台湾人が八田與一の功績を讃えるために墓前祭を行います。

日本からも多くの方が参加されています。
皆さんも、お時間ある方は是非参加してみてはいかがでしょうか。

今回、大変残念な事件が発生しまいましたが、その後の対応は素晴らしかったのではないでしょうか。(犯人が自首してきたのでスムーズだったのもありますが…)また、台湾メディア、日本メディアにも連日大きく取り上げられた為、改めて八田與一が台湾に残した功績が注目されましたし、日本人の中には今回初めて八田與一という人物を知った人もいるかと思います。

台南市長も述べられているように、これから更に日台関係を強固なものにしていければ素晴らしいと思います!!!

頼清德台南市長のフェイスブックの投稿。

そして、以下はそれを日本語に翻訳したもの。わざわざ日本語で発信していただけるのもありがたいです。
画像では見にくいので、市長の言葉を全部タイピングしましたので、是非ご覧下さい!!(画像の下に掲載してます)
一人でも多くの日本人に読んでいただきたい文章です!!

八田與一技師を慕う日本の皆様へ

この度、烏山頭ダムに置いてある八田與一技師銅像が破壊された件について、私は直ちに特別調査チームを設立し、必ず二つのミッションを完成させると命じました。一つ目は銅像の修復を直ちに完成し、毎年5月8日に定期的に開催する八田與一墓前祭が順調に進行する事。二つ目は警察に調査チームの設立を要請し、直ちに事件解決に結びつける事。現在台南市警察は既に時間を解決しました。

八田技師は日本東京帝大を卒業してからすぐ台湾に来て、烏山頭ダムを築き上げました。80何年前においても、当時アジア最大・最先端のダムであり、当時の嘉南平原を台湾の穀倉にしただけでなく、今日になっても、我々の畑の灌漑もまだ烏山頭と彼が建造した嘉南大圳に頼っており、今日になって水のない時に、ますます彼の重要性を感じてきました。八田技師の台湾の農業発展に対する深くて莫大な貢献が見られます。

私は色々な方からのご協力に再び感謝の意を表し、皆様と力を合わせ銅像の修復を完成し、順調に5月8日に墓前祭を開催できると確信しています。毎年5月8日、台湾と日本の方々が八田與一記念園区で墓前祭を催し、お互いの友情を深めます。

数十年間、台日間の有効かつ安定的な関係は親中嫌日の感情的な行為が破壊できるものではありません。その反面、さらに多くの人に八田與一技師の貢献を理解してもらい、台日の協力体制を更に堅固なものにすると確信しております。

     敬具

2017年4月18日
台南市長  頼清徳       


また以下、李登輝台湾元総統の、2015年1月に発刊された『新・台湾の主張』からの抜粋文を見つけましたので合わせてご紹介させていただきます。八田與一について書かれた部分ですので、是非ご覧ください。

八田與一といっても、日本ではピンとくる人は少ないかもしれない。台湾にダムと灌漑用水路を建設し、不毛の土地を穀倉地帯に変えた八田は、台湾にとって恩人ともいえる人物である。

私は2002年、慶應義塾大学三田祭に学生サークルから招聘を受け、訪日する予定だった。
しかし、日本の外務省がビザの発給に反対したため、予定されていた講演を実現できなかった。八田はこの“幻の講演”で紹介するはずだった日本人技師である。

訪日を取り消さざるを得ない状況になった直後、当時の河崎真澄・産経新聞台北支局長が「講演原稿を紙面に掲載したい」と申し出てくれた。そして私が鉛筆で手書きした原稿は産経新聞の一面に全文掲載されることとなり、皮肉なことだが、結果的により多くの人々の目に触れ、八田技師の存在が日本で知られるようになった。

八田は1886年に石川県金沢市で生まれた。第四高等学校を経て、1910年に東京帝国大学の土木工学科を卒業。まもなく台湾総督府土木局に勤めてから56歳で亡くなるまで、ほぼ生涯を台湾で過ごした。

八田が台湾に赴任したとき、すでに後藤新平は台湾を離任していた。後藤の時代に台湾の近代化はかなり進んだとはいえ、河川水利事業や土地改革事業は遅れていた。台湾の年間降雨量は多く、河川も多く流れている。だが、夏季と冬季の降水量の差が激しく、灌漑用水として使用できなかった。とくに南西部に位置する嘉南平原(総面積4500平方㎞)は当時不毛の地といわれ、農業の生産性は低く、農民の生活は苦しかった。

八田は台湾に赴任後、台北の南方、桃園台地の灌漑用農業水路である桃園大シュウの調整設計を行ない、1921年に完成させた(大シュウは大きな水路の意味である)。これが今日の石門ダムの前身である。
この工事の途中から八田は、烏山頭ダム台南市)の建設並びに、嘉南平原に蜘蛛の巣のように張りめぐらせた約1万6000㎞もの水路工事に着手する。地球の全周が約4万㎞であることを考えれば、工事の規模が想像できよう。
さらに、この水路には水門や橋、堤防などが設けられ、主要建造物の数は4000を超えた。烏山頭ダムとこの水路設備全体を合わせて嘉南大ダシュウという。
じつに10年の歳月と総工費5400万円(当時の金額)の予算を要した大事業であった。私の心の友、司馬遼太郎さんはその事業を「日本史上、空前の大工事」と評した(『街道をゆく 台湾紀行』)。

1930年に工事が完成した際、八田はなんと44歳の若さであった。
戦後日本で最大規模の灌漑工事となった愛知用水の10倍を超える事業を、当時の台湾で行なったことになる。その偉大さについては、私も賛辞を惜しまない。
八田がつくった新しい水路から水が流れてきたとき、嘉南平原に住む台湾農民60万人は「神の水が来た」といって感激のあまり涙を流し、これを迎えたと伝わる。
工事では十年間に134人もの人が犠牲になったが、嘉南大シュウの完成後に殉工碑が建てられ、日本人、台湾人の区別なくその名が刻まれた。

その後、八田は南方開発派遣要員として陸軍に招聘される。そして1942年5月8日、大型客船「大洋丸」に乗ってフィリピンに向かう途中、アメリカ潜水艦の魚雷攻撃に遭って船が沈没し、八田も遭難してしまう。享年56。

3年後、日本の敗戦によって日本人が一人残らず台湾から去らなければならなくなったとき、八田の妻・外代樹は烏頭山ダムの放水口に身を投じて夫の後を追った。御年46歳であった。八田夫妻に対する台湾人の哀惜の念は尽きない。
新幹線の窓から、台湾最大の穀倉地帯に生まれ変わった嘉南平原を見渡すと、青々とした田園が広がっている。そこに「嘉南大シュウの父」八田與一の義の精神が眠っていることを、台湾人は永遠に忘れないであろう。

八田の精神を後世に伝えるため、工事に携わった人びとは彼の銅像をつくり、烏山頭ダムのほとりに置いた。戦後、国民党政府は日本統治時代の銅像や碑文は破壊して回ったが、その魔手から逃れるため、八田の銅像は倉庫に眠ったままになっていた。元の位置に戻されたのは、1981年になってからのことである。

片膝をつき、右手で髪をつかむ八田の銅像は、考え事をしている往時の姿を模したもので、その魂はいまも「嘉南大シュウ」の水の流れを見つめているのであろう。私は戦後、台湾人が八田の銅像を守り抜いてきたことを心から誇りに思っている。

司馬遼太郎さんは、明治国家の興隆を描いた大著『坂の上の雲』の書き出しを「まことに小さな国が、開花期を迎える」とした。今日の台湾の国土は、九州より狭く、いまなお人口は明治期の日本に及ばない。国連にも加盟していない。「まことに小さな国」なのである。
しかしわれわれには、近代化と民主化の過程で育まれた「台湾精神」がある。この「台湾精神」があるかぎり、わが台湾は不滅である。

そして日本の皆さんには、ぜひ「義を見てせざるは勇なきなり」の武士道精神で、台湾の新たな国造りを見守ってほしい。日本は精神文明の面においても、モラルの面においても、アジアのリーダーになりうる唯一の国であることを忘れてはならない。明治維新を成し遂げた日本は、東西文明の融合地として、いまなお台湾が見習うべき偉大な兄なのである。

東アジアのいっそうの安定と平和のために、日本と台湾が手を携え、共に歩んでいくことが私の切なる願いである。

陳芃聿
台日友好!!
林昭旭
台日友好~~~
江俊毅
台日友好
Zhuang Zhe Ren
八田與一は無私の貢献をしてくれた。
Kelly Chen
賴清德市長がいつも問題を解決するときのスピードは早いし、考え方もはっきり筋が通っているので素晴らしいと思います!!
Yi Hsiung Su
賴市長!!日本は台湾人にとって最も重要な味方であります。今回の事件は、日本の皆さんにごく僅かな反日分子が挑発しているだけだという事を伝えて下さい。
蕭文彬
市長、頑張ってください!!犯人にはそれなりの処罰を与えてください。そしてこれから日台関係を更に強固なものにしていきましょう。
王婷婷
もし八田與一がいなければ、どこから安全なお水が飲めたというのだろうか…。農業の水、生活の水など…。犯人達は絶対に許す事ができない。修復のための費用も犯人に支払わせ、謝罪をさせて下さい!!
洪錦鸞
賴市長、頑張ってください。
Marshall Yun
ダムから水を届けてくれて、八田與一は台湾に大きな貢献をしてくれた。
Catin Lu
賴市長、本当に素晴らしいスピードで対応してくれました!!5月8日はみんなで一緒に台湾国の恩人を追悼しましょう!!
蕭文彬
八田與一は台湾、そして嘉南平原に対して大きな貢献をしてくれました。台湾人は彼を尊敬しなければいけない。ありがとうございます。

Source: 台湾の反応ブログ速報



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